2020東京デザインアドバイス機構の提案(要約)
芦原太郎氏
ご紹介いただきました芦原でございます。1964年の頃は代々木中学校に通っておりまして、地元のスポーツ少年団としてオリンピックのお役に立ったという思い出があります。今は建築家として一生懸命設計をしながら、最近では日本建築家協会(JIA)の会長もさせていただいております。今日はまず新国立競技場について、今までの経緯を整理しながら、いったい今、何が起こっているのか、建築家はどう考えているのかをお話しできればと思います。
新国立競技場コンペで選ばれた建築家ザハ・ハディドはイギリスをベースに活躍しているイラク人で、非常に迫力あるデザインで有名な人です。2020年東京五輪の誘致のときにはその当選案をベースにプレゼンテーションが行われたわけですが、その頃は私も含めてみんな、その案が実際に建設されるとどうなるかということをあんまりリアルに理解してなかったんです。
隣の東京都の体育館を設計されていた槇文彦先生は、もう少しよくごらんになられた。どうもこのまま計画が進むと、外苑の景観上大き過ぎるのではないか、あるいは施設のプログラムを見ると、全天候型ドームになっており、様々なイベントに大風呂敷を広げたプログラムであるため維持費も建設コストも大変だろうと指摘されました。
東京五輪が決まってからは、真剣に問題に取り組むこととなり、槇先生以下有志建築家約100名が計画内容の見直しと情報公開を求めた要望書を出しました。
それを受けて、日本建築士会連合会とか、日本建築士事務所協会連合会、東京建築士会、東京都建築士事務所協会、そして私ども日本建築家協会(JIA)といった建築設計関連5団体もみんなで声を上げたというのが2013年11月の状況であります。当初のザハ案では総工事費が3000億円にもなるらしいとのことで、基本計画案では1694億円におさえ、高さも75メーターを5メーター低く見直しがなされました。しかし景観やプログラムの基本的な問題に対しては議論すらされていません。
日本建築家協会としても、改修案も提案される中で議論を尽くすことなく今すぐ現在の国立競技場を解体してしまうということを待つように要望いたしました。国民あるいは都民が状況をわからないまま、「スケジュールが決まっていますから」、「IOCに約束してますから」といって、そのまま動いていくわけにはいかないじゃないですか。具体的に、景観の問題がどうなのか、プログラムや維持費は適切か、都民なり国民の税金を使うという意味で合意がとれているのか、というようなことをしっかり検討する必要があります。6月10日の段階では舛添東京都知事と森組織委員会会長から関連施設22施設の見直しをするということが発表されました。
では、どのように見直しをするのかという内容に関しては、まさにこれからという段階にあります。
新国立競技場をはじめとしたオリンピック関連施設計画取り巻く3つの問題が明らかになってきました。
1つ目は、新国立競技場の計画の問題、2つ目は、22ものオリンピック関連施設計画の問題、3つ目は2020年以降に何を残せるのかというレガシー問題です。
このうち新国立競技場の計画の問題については、コスト、工事費、維持費、景観、プログラムなどだけでなく、プロジェクトの進め方、情報公開の在り方という問題もあります。また、国を挙げたプロジェクトの施設を作るときのトップダウン型でフィードバックが利かないデザインプロセスの問題があります。国が文科省に指示し、文科省からお金がスポーツ振興センターに流れ、スポーツ振興センターが発注責任者として建物を建てるという進め方で、民意なり国民の意識を踏まえて責任を持った判断ができるのかが疑問です。
2つ目の問題についてですが、東京都の22の関連施設づくりにも同じような問題があります。また、東京都は工事費が上がり時間も足りないことを考えて、設計と施工を一体化したデザインビルドでとにかく作ってしまおうというような発注の仕方を取ろうとしています。もう少し地域の問題、個々の建物の計画内容を精査して、工事のコストも含めて情報公開をして、市民が見てもわかるような形で工事を進めていく必要があると思います。
そして3つ目の問題は、1964年の時代とは違うこれからの時代において、新たなまちづくり、建築づくり、都市づくりにどんな考え方が必要なのか、また具体的に出来上がってくる施設が2020年以降の東京にどんな役割を果たしレガシーを残せるかということです。
新国立競技場計画で真の発注責任者は誰なのかという問題と同じように、設計責任者もはっきりしていないことが問題です。
ザハ・ハディドという人は新国立競技場の設計者ではないんです。デザイン監修者として絵を描いて、設計は日本の設計者が担当するという設計責任がない関わり方になっています。日本を代表する立派な組織事務所がJVチームを作って、そこがフレームワークという基本設計のようなことをやる。これができると実施設計に入り、工事をするところを決めて、工事の監理に入る。実施設計と工事監理はだれがするかというと、それはまだ決まっていません。もしかしたら工事と一緒にデザインビルドで決めるのかもしれませんし、どうなるかもわかりませんというのが現状です。
ですから、だれが責任者なのかということがわかりづらい。設計に文句を言いたいにしても、誰に言ったらいいのかわからない。こんなプログラムで良いのかとスポーツ振興センターにお問い合わせをしても「国の方からそういう要請で決まっております」と返答があったりして、一体だれが建築主としての責任者なのかも見えない状況にあるのが今の悩みどころです。
まずは何がどうなっているのか建築主と専門家の間で説明会を催して、少なくとも専門家レベルでは具体的な状況を理解をする。そこで問題点が整理できたら、建替え案や移設といった提案を出して、それぞれの利害得失をきちっと評価をした上で国民の納得がいく正しい判断をしていただきたいと思う。プロジェクトが動き出したら止まらないとあきらめるのではなく、動いているものを専門家の眼、国民の眼からチェックしていこうと考えております。今後の実施設計とか、施工者への発注とか、いろんな形でプロジェクトが進む中で1つ1つチェックしていくことが必要です。
そのためにも、日本建築家協会と日本福祉のまちづくり学会は、東京都に対しデザインアドバイス機構設置の要望書を出しております。五輪関連の22施設は12施設が新設で10施設が仮設という計画ですが、トップダウンで縦割りの従来方式で動いていると、個々のプロジェクト、個々の地域、あるいは個々の景観の中でいろんな問題が出てきます。それぞれのプロジェクトを丁寧に進めるためには適切に情報公開して市民と意見交換し、デザインアドバイス機構が予算、プログラム、立地の妥当性をチェックする。あるいは設計者、施工者選定をサポートし、発注者や受注者、都民が協力して進めるという方法もあります。
なぜこんなことを考えたのかというと、実は成熟都市のロンドンで五輪を開催した際に、デザインアドバイス機構が地域のまちづくりにうまく貢献ができたと言われているからです。イギリスにはCABE(The Commission for Architecture and the Built Environment)という組織がありまして、建築が地域の許可制になっていますから、自分たちの地域にこういうものを作っていいのかどうかということを地域が主体性を持って考え、判断していくときに専門家の集団として地域の人をサポートしています。
ロンドン五輪の際にはCABEがスタジアム建設の際にも活躍しました。
CABEの役割は、その場所にどんなものを作ろうとしているかを専門家がわかりやすく解説をして、どういう地域をつくっていくのかを考えるサポートをすることです。そのために、地域の人々を教育をするなり、トレーニングをするなり、あるいは開発業者に対して指導やアドバイスもやっています。
東京五輪の施設計画のみならず一般のまちづくりを考えるときも、こうした行政、市民、専門家の協議の場を持つことが大事です。建築家協会としても、日本版CABEを「デザインアドバイス機構」という名前で国・自治体の制度として定着させていただきたいという運動をしています。
国立競技場に関しては、これから制度を作って協議するというのは間に合いません。まず具体的な情報を出して現在の状況を一般の方にもわかっていただいたり、あるいは専門家が意見を出して、正しいみんなの選択ができるような議論をオープンな形で進めて欲しいというのが現状でございます。
最後に将来に向けたオリンピック・レガシーについてです。私が半ズボンの少年だった1964年と2020年以降では建築、まちづくり、都市の考え方は明らかに違っているはずです。デザインアドバイス機構といった制度によって、次の時代の東京を2020年に向けて整備したオリンピック・レガシーによって生み出したいと思います。
私が国旗掲揚をした代々木選手村の横には童謡「春の小川」に唄われた小川が流れていました。その小川は玉川上水や新宿御苑から流れて来て、国立競技場の脇を抜けながら海まで繋がっていたのですが、それが1964年に全部暗渠になってしまいました。五輪のために東京は臭いどぶ川を暗渠にし、玉川上水も蓋をして、東京の水系をかなり根本的にいじりました。例えばその小川を復元して「水のネットワーク」を少し考えていくのも良いでしょう。また、交通ネットワークの要所に集約していく「コンパクトシティ」、交通のネットワークから外れたところを緑化していくという「みどりのネットワーク」という考え方もあります。都心で考えたら、皇居から赤坂離宮、東宮御所、外苑、明治神宮、代々木、新宿御苑とずっと緑がありますから、そのネットワークを少しずつ広げて行けたら良いということも考えられます。また、パラリンピックを見据えたバリアフリーの地域づくりです。2020年の東京五輪を水のネットワーク元年、みどりのネットワーク元年、バリアフリー元年にすることで、100年後ぐらいになってから、あの時が1つのターニングポイントだったと思ってもらえるようにしたいですね。
ただし、こういった夢を実現するにはCABEに相当するような協議会、あるいはデザインアドバイス機構で専門家が活躍できる制度の枠組みをうまく位置付けていく必要があります。闘ったり喧嘩したりしていると何も動かないわけですから。ただ、良いものを作ろう、良いオリンピックにしよう、良い東京のまちを自分たちの子孫のために残そうという思いはみんな一緒ですから、それがうまく機能するような場づくりを進めようと思います。
ありがとうございました。